観光部ブログ

2017年07月03日(月)

〜「弥勒菩薩の美しさ:広隆寺」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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皆さん こんにちは。

今回は・・・・
あまりにも有名ですが、
何時間見ても
その美しさに見とれてしまう、

国宝第一号!!
太秦にある広隆寺

「弥勒菩薩半跏思惟像」(みろくぼさつはんかしゆいぞう)

について書いてみたいと思います。

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広隆寺。

真言宗のお寺。

京都太秦にある「秦氏」の氏寺。

京都三奇祭の一つ「牛祭」で有名な寺。


広隆寺は平安時代以前から存在した
日本最古の寺院の一つで、
帰化人である「秦氏」によって開かれました。

秦氏は朝鮮から日本に渡って
現在の桂川流域を開拓して
織物、土木技術を広めた、
京都にとって重要な氏族です。

「太秦」「蚕ノ社」など
広隆寺近隣の地名は
秦氏と関係しています。

その広隆寺開祖、
秦河勝が聖徳太子から賜ったと伝えられる仏像、

それこそが「弥勒菩薩半跏思惟像」だと伝えられています。

それ故に聖徳太子も広隆寺に祀られているのです。

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広隆寺には二体の国宝「弥勒菩薩」が霊宝殿にて常時公開されています。

「宝冠弥勒」と「宝髻弥勒」のうち、
霊宝殿の中央にその姿を見ることが出来る
「宝冠弥勒菩薩」!!

この仏像は美しいだけでなく、
歴史ロマンが詰まった存在なのです。

まず、日本の仏像では珍しい赤松から造られていること、
そのスリムな体の線、
これまで韓国にある弥勒菩薩との共通点が指摘され、
新羅から渡り引き継がれたもの?
と考えられてきましたが、

1968年に内部の背板に楠材が使われている事が判明。
日本で造られた可能性も出てきました。

当時は漆塗りの上から金箔が張られていましたが、
湿気に強い赤松のため、
現在のように良い状態で残されてきました。

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弥勒菩薩の微笑みは「アルカイック・スマイル」として知られ、
半跏思惟像の姿勢が
ロダンの考える人に通じることから
世界的にも「東洋の詩人」と呼ばれています。

弥勒菩薩は、

お釈迦様の次に現れる未来仏で、
(一説では56億7千万年後というとてつもない遠い未来ですが)
菩薩の中の頂点に位置し、

多くの人々に慈悲深く救いの手を差し伸べる仏様です。

現生だけでなく、あの世でも人々を救う
弥勒菩薩への信仰は深く、

あの弘法大師が最も信仰していた菩薩様としても知られています。


これだけの国宝がありながら
広隆寺は京都観光の「隠れたスポット」。

静かにゆっくりと歴史ロマンを堪能できます。


是非足を運んでみて下さい。



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2017年06月19日(月)

〜「一見さんお断り その2:祇園町の世界」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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先日 あるお茶屋の女将さんと話せる機会がありました。


「一見さんお断りの巻」で
軽く書かせて頂いた世界の歴史と奥深さ!
新人ドライバーの僕にとって興味津々、魅力的なことばかり。

お茶屋さんは華やかな花街の「裏方さん」。
全ての仕事は「段取り」が要(かなめ)。
同じ接客の仕事をする者として 尊敬の念を抱きます。

そんな「裏方さん」の世界にも
厳しい現実とドラマがあり、

そこに感銘を受けたので
再び書いてみよう! と思い立ちました。


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祇園で働く女性たち。


地元の人たちは

祇園のことを 「祇園町(ぎおんまち)」 と呼びます。


「お茶屋」は、約300年前の江戸時代に
八坂神社にある「水茶屋」が起源とされているそうです。

水茶屋とは神社仏閣へ参詣する人や街道を旅する人にお茶をふるまった店の事。
その店で働いていた茶汲女〔ちゃくみおんな〕が
歌を聞かせ舞を見せるようになったのが現在の舞妓・芸妓だそうです。

初めは神社に参詣客や旅人にお茶や団子を提供していましたが、
いつしか酒や料理が加わり、
それを運んでいた娘たちが歌舞伎を真似て三味線や踊りを披露するようになり、
芸妓・舞妓になっていったといわれてるそうです。


「祇園町」は一見さんお断りの世界。

半径1キロしかない町は
時代から隔離された世界があり、
お客もその隔離された
時代錯誤の世界に魅力を感じて
何度も通うそうです。


その世界で
お茶屋に生きる女性たちには
それぞれ宿命があるそうです。

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お話を聞かせて頂いた女将さんは、
20代の頃に 某老舗お茶屋の女将となり、
45年以上祇園町に生きる女性。


まず、
「お茶屋」に生まれた女の子は
家を継ぐ宿命にあります。

花街に生きていれば色恋から逃れられないのですが、
結婚は許されない。

ではどうして子孫を残すのか?
彼女たちの多くは未婚の母。
子供たちは女だけの厳しい世界で生きる宿命。
それが嫌なら町から出る、
家族と縁を切るしかないのです。

女将さんも
若いころに大恋愛。
一時は家を出ましたが、

女の子を授かり、
先代の女将(お母さん)の
「子供と二人で店に生きるなら戻ってきなさい」
という言葉によって、
祇園に戻ってくるのです。

その時に
自分は一生祇園町で生きていく、と決心したといいます。



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その後、
女将を継承して現在に至るそうですが、
その娘さんも
今は店を継承するため
修行中だとか。

現代では考えられないことですが、
彼女たちは300年前の世界のまま、
自分の人生を捧げて
「お も て な し」を継承しているのだと
ただただ感銘を受けました。

また、自分ももっと深い「お も て な し」が出来るように
しないと恥ずかしい!とも。


軽々しく「一見さんお断り」や「お も て な し」について
触れるだけではなく
その文化や歴史に勉強していきたいと
強く思った一夜でした。  




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2017年06月12日(月)

〜「ライブハウスと京都」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT!

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みなさん。

今回は京都の別の一面、
おススメのライブハウスを紹介いたします。

僕は、
大のギター好き。

特にキルトメイプルやフレイムトップのストラトには目がなく、
友人のギターテクニシャンに自分好みのギターを作ってもらうほど、
音楽好きで、
現在ギター10本、ベース2本を持ってます。

京都は国際的な観光地でもあり、
市内に大学が多い、
学生の街でもあり、

ライブハウスの歴史と
交流も年齢、性別、国籍を超えた
深いものがあります。

数あるライブハウスの中でも
「お気に入りの場所」
を紹介したいと思います。






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磔磔(たくたく)

場所: 富小路仏光寺下ル
キャパ:350人


オープンしてから今年で43年を誇る
知る人ぞ知るライブハウス。

外観からわかる通り
京都らしい
古い酒蔵を改装したハコで、
1974年創業当初は
「レコード喫茶」としてオープン。

翌年からライブをはじめ、
国内外問わず、学生バンドからプロまで
憧れの場所です。

「磔磔 (たくたく)」という言葉には
物の聲、鳥の羽ばたく音。源流から転がる小石は何処へ行かん・・・

といった思いが込められています。

今年は築100周年イベントも7,8月に開催され

細野晴臣、birthday partyなどのツアーも予定されてます。

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拾得(じっとく)


場所:大宮下立売下ル


拾得は築300年の酒蔵で1973年に「coffee house 拾得として」営業を開始。
磔磔とともに京都ライブハウスの歴史を築き、
現在までその姿を維持し続ける京都で最も古いライブハウスです。

日本で最古のライブハウスとしても有名で、
「ライブハウス」という言葉はここから始まった、と言われています。

現在の店内の机や座敷の畳も開業当時のままで、
玄米を使ったご飯定食や自家製パンを使用したサンドウィッチも有名。


敷居の高くない、常連から学生さんまで気軽に入れる場所で、
一人で行っても温かい雰囲気で迎えてくれます。




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京都MOJO


場所:四条新町
キャパ:250人

京都に数多あるライブハウスの中でも王道をいくライブハウス、

ジャンルにとらわれず日本全国のツアーバンドを招き、毎日パワー全開のハコ。

入口の壁には過去の出演者のアーティストパスが張られ、
長い年月の歩みがわかります。

キモカワ系イメージキャラクターである「モージョ君」の親しみやすさと同様に、
明るく間口の広い京都MOJO。

良い緊張感のなか元気な音楽と人に出会うことができて、
音楽が好きな人やバンドが好きな人なら
誰でも気軽に入ることができます。

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和音堂


場所:三条河原町下ル


2005年12月オープンした割と新しめ京都三条河原町のライブハウス「和音堂(わおんどう)」。

アットホームな雰囲気と元気スタッフが売り、

ワンマンLIVEからアコースティックなら誰でも参加出来る「飛び入りライブデー」、
名物マンスリーセッション、爆音LIVEなど様々なイベントを開催

自分も演奏してみたい人は「飛び入りライブデー」を要チェック。
楽器持参で楽しめます。




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AKKUN'S 510


場所:四条烏丸

α-stationのDJである"アックン”こと後藤晃宏さんが烏丸通蛸薬師に
オープンしたカフェダイニング&ライブハウス。

アックンならではの音楽へのこだわりを最大限に生かした空間づくりで、
毎週ステージで行われるイベント・ライブの他、

毎月行われる「飛び入りライブ」では
ホームページで課題曲が発表され、
各パート演奏したければ挙手!!!

何度もアンコールされるので
必ずステージで演奏できます。






いかがでしたか?
まだまだおススメしたい場所があるのですが、
その中から一部紹介しました。



京都では70年代にブルースブームがあったそうで、
ライブハウスでも盛んに演奏されていたようです。


その後、ヘビメタやファンク、R&Bなど
学生バンドブームもあって盛り上がり、

ジャズ、カントリー専門の場所も。
いろんなジャンルを楽しむことが出来るのです。


古くは「雅楽」から始まり、
京都では様々な音楽が街とともに今も鳴っています。




京都で音楽。ぜひ楽しんでみて下さい。

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2017年06月07日(水)

〜「雲中供養菩薩:平等院」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT!

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平等院といえば・・・



京都が誇る世界遺産17か所のひとつ。

鳳凰堂。 10円玉の表の絵。

阿弥陀如来坐像。

藤原道長と頼道。


など、

皆さんもネットやガイドでよくご存じの寺院。



そんな平等院に足を運ぶ度、
僕の心を震わすのは国宝ながら
ベスト・サポーティング・アクト!!!

阿弥陀如来像を見守るように渋い存在感を示している
52体の菩薩像!!

それが 「雲中供養菩薩像」(国宝) です。


今回はここに光を当ててみました。

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雲中供養菩薩を紹介するには、
まず簡単に平等院と創建時の時代背景を説明させてもらわないと
幕が上がりません。

平等院は
平安時代後期に、藤原道長の別荘だった建物を
その子関白頼道が「寺院」に改めたのが始まりです。

奈良時代に日本に広まった仏教は
その頃平安後期になると、
「末法思想」という、お釈迦様が亡くなって2000年目には仏教は廃れる・・という思想。
これが天災が続いたことによって
「終末的な思想」・・・つまり、

仏教は現生での救済 から 来世での救済ととらえられる様になりました。


当時の貴族たちは、
現生での極楽浄土を願うようになり
頼道は 極楽浄土の救世主、阿弥陀如来を本尊に、


現生での極楽浄土を再現したく、鳳凰堂(阿弥陀堂)を建立し、

鳳凰堂内部の阿弥陀如来、壁画、鳳凰堂の周りの庭園(浄土式庭園)

そして今回の主役「雲中供養菩薩」

まさに、極楽浄土の再現!!
「来世でも救われたい」という当時の人々の願いが込められた寺院なのです。

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雲中供養菩薩

阿弥陀如来坐像の作者、
平安時代屈指の仏師 定朝(じょうちょう)の工房で作られた52体。

阿弥陀如来を囲むように
南北26体ずつ並べられていて

それぞれ飛ぶ雲に乗って、
楽器を演奏したり、踊ったり、祈ったりしていて
繊細な作風ながらダイナミックなインパクトを与えてくれています。

それぞれ頭に光の輪(頭光)があり、
5体は僧形、
奏でる楽器は 琴、琵琶、縦笛、横笛、笙、太鼓、鼓、鉦鼓など。


この菩薩たちは
阿弥陀如来が來迎するのを、音楽を奏でたり踊ったりして見守っているのを表していると
伝えられています。

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52体の中で「いちおし」は
この太鼓を叩く 南24号の菩薩です。

どうやってこの躍動感あふれる繊細な像を作ったのか?


今では想像できない、
「現世で、来世で救われたい!」
という当時の人々の思いが成せる業なのです。


鳳凰堂の丸窓からのぞく阿弥陀如来の表情や
水面に浮かぶ姿、
内部の壁画や像が奏でる「極楽浄土の音楽」。

全てを支える脇役が
「雲中供養菩薩」だと感じてしまうのです。


現在 鳳凰を含め半分の菩薩像を
「鳳凰ミュージアム」内で目の前で拝むことができるので

是非
平安時代の極楽浄土を感じてみて下さい。

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2017年06月05日(月)

甫袋(ぽてい)です。 [プチ情報]

 アオイに入社して、、ン年。
仕事、子育てと目まぐるしい日々。心身ともに余裕を持とうと、大きい堪忍袋を担ぐため、布袋尊(ほていさん)にお参りに行きました。
大きな袋を背負った太鼓腹のお坊様で。七福神の一人として信仰されています。

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今回、お参りの訪れたのは宇治の萬福寺。

1661年、中国僧隠元によって建てられました。伽藍の配置、法式全て中国式だそうです。

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布袋さんが祀られている天王殿。
布袋尊(弥勒菩薩の化身といわれているそうです)は伽藍中央の天王殿に祀られています。
いつも大きな袋を持って、人々から施しを受けると生ものでも何でも、そこ(堪忍袋)に押し込んだそうです。
つまり、すべて(善悪、美醜、等・・・・)を許容することでしょうか。


堪忍袋の緒がきれるとは?

小さな袋しか持たない私はショチッュウ切れてますけど。
反省!



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ここで、本社カメラマン、コメント。
「リアル・布袋様発見!」

まあ〜、体形はポッテリと似てますけどネ。

黄檗山・万福寺の布袋様の参拝をきっかけに、福をもたらすという都七福神を甫袋(ぽてい)こと私、が巡ってきました。

千五百円で色紙をで購入して、それぞれ三百円で御朱印を戴きました。


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修学院の赤山禅院の福禄寿様は、おでこ(額)は同じように光っていますが長さと中身が違います。

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後日、観光部部長に報告。
「これで、ぽてチャンも長者だね」

バイクで廻った所もあったので色紙を傷つけないよう大変でした。

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ドライバーからのちょっと一服便り 〜清水の 京都バーガー〜

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