観光部ブログ

2018年02月12日(月)

〜「京都五山」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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皆さん こんにちは。

今日は僕の体験談。

禅宗に興味をお持ちのスウエーデン人からのお客様。
ご案内は勿論、「京都五山」6つの禅寺を紹介したのですが・・

そこは勉強不足の新人ドライバー、
下記のような質問を浴び、
表面的な知識しかないことが露呈!

Q 五山の由来は?
Q どういう経緯で京都五山が選定されたの?
Q なぜ6つなのか?

Qの質問には答えられるものの、
そこをお客様の興味にあった返答をする!

この仕事の奥深さ、歴史の神秘など思い知らされ、
正直お客様と一緒に学びながらの案内となってしまった!


今回は「京都五山」について
表面的ではありますが
噛み砕いて紹介したいと思います。

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別格:南禅寺

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第一位:天龍寺

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第二位:相国寺

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第三位:建仁寺

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第四位:東福寺

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第五位:万寿寺


南禅寺・・・別格
天龍寺・・・第一位
相国寺・・・第二位
建仁寺・・・第三位
東福寺・・・第四位
万寿寺・・・第五位


ここまでは
京都観光、ファンの方は皆さんご存知だと思います。

南禅寺を別格とする6つの禅寺を
「京都五山」と呼びますよね。

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南宋時代の禅寺のひとつ

ではその経緯は?

こちらも定かではないので
諸説あるのが歴史の面白いところ。

そして観光の奥深いところであると
魅力を感じます。

時代は鎌倉までさかのぼります。
当時、北条氏は 南宋にならい五山制度を導入したと伝えられています。
(そこで 南宋の制度は? 南宋時代の禅は?という質問に答えられなかった!!
興味を持ったことを更に調べてみるのが 観光の楽しみのひとつ!)

その際
鎌倉の寺院を中心とする五山を選定したのが
はじまり。

その中に京都の建仁寺も入っていた・・と伝えられています。

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後醍醐天皇

では、

なぜ建仁寺が別格でないのか?

鎌倉時代後期に鎌倉幕府討幕を果たした後醍醐天皇
建武の新政を布くわけですが、

その際、「五山」も南禅寺、大徳寺を中心として
京都本位に改められました。

しかしなぜ大徳寺は「京都五山」に入っていないのか?


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足利尊氏

更に、

南北朝時代に入り、
足利尊氏や弟の直義は禅宗を深く信仰します。

「五山」も足利将軍家が帰依していた
夢窓疎石が中心となって新たに制定されたのです。

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足利義満

その後も
何度か「五山」は選定し直され、
室町時代に入って 三代将軍 足利義満が相国寺を創建した後、
「五山」を京都五山と鎌倉五山に分けました。

その際 南禅寺を五山の別格におくという改革が行われたのです。

なぜなら
幕府は権威を保持するために
寺社の統制をおこなって宗教側面を付加させたかった
からなのです。

ここで 相国寺が第一位に、天龍寺(尊氏が後醍醐天皇を弔うために建立)が第二位
に位置付け変更されましたが、
義満が亡くなると元に戻されました。

「五山」選定は当然ながら
政権にも左右されてきたのです。

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大徳寺

いかがですか?

これくらい知っている、という方も
沢山いらっしゃるでしょうが
復習で見て頂ければ幸いです。


ちなみに、
南禅寺が別格!と位置付けされてますが
あくまで「五山」は足利幕府の位置付けであります。

京都には沢山の素晴らしい禅寺があります。

例えば 大徳寺は最も由緒ある禅寺でありますが、
足利幕府から格下げされたことで
自ら五山脱却していますし、

有名な 妙心寺は足利の政敵、大内義弘に肩入れしたために
義満が寺領を没収したため「五山」には
入っておらず、
その後、江戸時代になって復興した歴史があります。

「京都五山」。
それは足利幕府によって位置付けされた
禅宗のお寺で 決して京都の禅寺を順位付けしたものでは
ないのですね。

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妙心寺

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2018年01月29日(月)

〜「京都の正月:初天神 北野天満宮」の巻〜ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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みなさん こんにちは。

寒波に凍える京都。

1月最後は北野天満宮の「天神さん」、
「初天神」
を紹介したいと思います。

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初天神は雪が舞い散る寒波の中行われた

学問の神様として知られる北野天満宮。
毎月25日に「天神さん」が行われますが

今年最初の縁日「初天神」はこの冬一番の厳しい冷え込みの中で
合格を祈願する受験生や、境内に並んだ露店で骨董品や衣料品を
品定めする参拝者でにぎわいました。

1月下旬の京都は
朝晩はマイナス、雪の舞い散る
気候。

外国人観光客の中にはスマホで
雪の降るのを動画撮りしている姿も
見られます。

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今年は戌年

天満宮の祭神、菅原道真の誕生日と命日にちなみ、
毎月25日は境内周辺で縁日が開かれます。

1月の縁日は初天神と呼ばれていて、
12月の「終(しま)い天神」と並んでにぎわいます。

受験シーズンと重なることもあり
毎年たくさんの参拝者が訪れます。
 
前の夜から雪が降って境内は雪化粧。
早朝から神職らが参道を雪かきをして備えたそうです。

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先日紹介しました東寺の「弘法さん」と同じく
境内には 約1000(実際はそんなに無いような印象でしたが)
の露店が出ます。

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なで牛を撫でて自分の頭を撫でると頭がよくなる!?

境内のなで牛も有名。

なで牛は牛が横たわった臥牛像で、 境内に十数体奉納されています。
牛は「「菅原道真が生まれたのが845年(承和12年) の丑(うし)年」・
「菅原道真が亡くなったのが903年(延喜3年)2月25日で、丑の月の 丑の日」などの理由から
天神さん(菅原道真)のお使いとされています。

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梅の季節、はーやく来い!

北野天満宮は
春は「梅」、秋は「紅葉」が楽しめる
四季折々の顔を持った京都屈指の名所でもあります。

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秋の紅葉庭園。案外穴場です。

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三光門の伝説

本殿前の中門は三光門。
この門には 神秘的な「星欠けの三光門」伝説が残っているそうです。

門の名は日・月・星の彫刻に由来しています。
星は天上に輝く北極星を表しますが、実際には刻まれていません。

言い伝えられているのは
平安時代、御所の場所は現在と違って
千本丸太町に位置し、
天皇が天満宮に向かってお祈りをされる時に、
三光門の真上に北極星が輝いていたからだ!?、
というロマンチックな由来。

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国宝の本殿

こちらは、国宝の社殿です。
大きな神社に見受けられる、複数の鈴が北野天満宮にもありましたが、
参拝者数が多すぎて拝礼するための行列が出来ています。
参拝の前に御手洗(みたらし)で手を清めます。

この社殿の向かって左には、時節柄、子供達の書初めが沢山掲示されています。
見ていると言葉の選択に
個性が出ていて面白いです。

いかがですか?

毎月25日の「天神さん」
是非一度楽しんでみて下さい。

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書初め

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2018年01月21日(日)

〜「京都の正月:東寺 初弘法市の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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みなさん こんにちは。

1月も終盤となり
京都の街中も静かな季節。
いつもは沢山の観光客でにぎわう京都ですが、
これが本来の姿なのかも知れません。

そんな中、
ひと際に賑やかなイベントが
東寺の初弘法 と 北野天満宮の初天神!

今回は「初弘法」について触れてみます。

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五重の塔と露店

「弘法さん」。
そう、あの弘法大師「空海」のことです。
794年に東寺と西寺が建立され(西寺は早くに衰退し現在は跡地のみ。)、
空海が真言密教の道場として基礎を固め、
中世近世を通して勢力を維持してきました。

大師の信仰は厚く、
大師の住坊を再建したと言われる東寺西院御影堂(みえいどう)には、
月の21日(大師の忌日)に大勢の信者が参拝にやって来ます。

人々が盛んに参詣に訪れるようになったので、
当時『一服一銭』と言われるごく
簡素な屋台で茶を商う商人(茶店の前身のようなもの)が出始めるようになり、
江戸時代には茶店だけではなく、植木屋や薬屋なども出てくるようになりました。
これが現在の「弘法さん」の起源だと言われています。

毎月21日に催される弘法さんですが、
1月を「初弘法」 12月を「終い弘法」と呼び
沢山の参拝客、観光客が訪れます。

骨董・特産品・植木・園芸・陶器など、
1100軒の露店が並びます。
たくさんのお店。掘り出し物を見つけるのも楽しみの一つ。


買う気があるときは値切ってみましょう。
結構値引きしてくれます。

僕は仏像の置物に目が留まり、
いくつか買って相当値切ってしまいました。

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仏像の置物を売る露店で値切ってみた!

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弘法大師 空海。京都には空海ゆかりの寺院が沢山あります。

いかがですか?
一度「弘法さん」の日に
東寺を訪れてみて下さい。

注意としては、
沢山の参拝客の中には高齢の方も多いので
周りに気を使いながら楽しんで下さい。

そして
骨董市では 所謂「ばったもの」偽物もありますので
ご自身の判断で購入してください。
自分の目で気に入ったものを、
自分が納得する値段で購入するのが
極意であると思います。

露店の写真を撮ったり、たたき売りを見物する際は
注意。 写真を嫌ったり、見物するなら買う、
という暗黙のルールを持つ露店主も存在します。


最後に
せっかく東寺を参拝したなら、
五重塔や金堂の国宝や重要文化財など、
しっかり見て下さいね。

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2018年01月16日(火)

〜「京都の正月:大的大会(三十三間堂)」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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みなさん こんにちは。

京都は朝晩一年で一番冷える季節を迎えています。

京都の1月の15日に近い日曜日。
今年は14日(日)に伝統の大的大会が
三十三間堂で行われました。

当日は気温が5度前後!!
何組もの新成人参加者を送迎しました。

本では読んだことがあっても
実際に彼ら・彼女らから聞いた
大会のリアルな緊張感に
ついつい「頑張って下さいね。」
と応援してしまいました。

センター試験や京都女子マラソンなど
同じ日に行われたのですが、
今回は「大的大会」にスポットを当ててみます。

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三十三間堂の通し矢は、
着物の新成人女子が弓を引く姿が美しく人気がある京都の冬の風物詩。
最近は外人観光客にも人気の行事です。
女子ばかりが目立ちますが、
新成人男子や称号者も出場します。

三十三間堂の通し矢は、
「大的(おおまと)大会」と呼ばれる競技大会で、
江戸時代の通し矢とは距離やルールが異なります。

新成人による通し矢は1951年(昭和26年)から行われてきました。

特に人気なのは振袖・袴の新成人女子。
着物姿は美しさと、たすきがけの後ろ姿は
見ていても華やか! 

日本人に生まれて良かったと思ってしまいます。

新成人なら誰でも申し込みできるわけではなく、
初段以上であることが条件です。
 
さらに大的大会では新成人だけでなく、
称号者(錬士・教士・範士)も出場します。

伝統的な所作も楽しめるわけです。

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タイムスケジュールは
大体こんな感じだったようです。

07:45 開会式
08:00 矢渡し
08:30 新成人男子
10:50 新成人女子
13:50 称号者
15:00 決勝

通し矢の的までの距離は60m!!

新成人競技者によると普段こんなに遠い的を射ることは
少ないそうです。

予選の新成人の的の大きさは100cm、
称号者の的の大きさは79cm。
 
1人が射る矢の数は2本(一手)で、
決勝に進むための条件は2本とも的にあてること。
 
予選で射る新成人の人数は例年、
男女合わせて約2000人。
称号者の人数は約100人。
 
1人が2射する時間はおよそ2分。
1つの的を同時に3人が行射します(各々自分のタイミングで射ます。)。
的は合計4つ設置され、12人が横に並んで弓を引きます。
 
 
決勝は1射ずつ矢を放って、
外した人が脱落していく射詰競射(いづめきょうしゃ)のルールで進行。
最後まで残った人が優勝です。

的までの距離は60m。
的の大きさは新成人が79cm、称号者が50cm。
 
ちなみに矢は自前のものを使用。
放ってしばらくたった後に
複数名分の矢がまとめて返却されます。
その中から自分のものを回収します。

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当日送迎した新成人競技者のお客様に
教えていただいた話では、

1400番台の番号の彼女が射たときに
的を二つとも射抜いて決勝進出が決まっていたのは
たった1名だった!!!

それだけ難しい、精神力・集中力がいる競技!

もうひとつ、こぼれ話。
当日はウォーミングアップや練習などなしのぶっつけ本番。

順番待ちは外なので
かなり体が冷えてしまい、
それも競技に影響する。

競技後の爽やかな表情を見ると
参加することに意義があるのでしょうね。

来年は実際に現場で見てみたいなーと感じました。

競技者の皆様、ご苦労様でした。

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番外編 楊枝のお加地

大的大会をフィーチャーしましたが、
三十三間堂で同日に行われる「楊枝のお加地」も
京都の1月の風物詩。

「楊枝のお加持(やなぎのおかじ)」とは、
平安時代から続くインド伝来の修法といわれています。
 
この日に参拝に行くと、観音様に祈願に用いた特別な水を、
「聖樹・楊枝=柳の枝」で振りかけてくれます。
この参拝に参加することで
頭痛を和らぎ、無病息災のご利益があるといわれているのです。
 
昔から、大的大会(通し矢)と同じ日に楊枝のお加持が行われてきました。
だから、この二つの行事は常にセットなんです。
 
開門時間:8am〜5pm
参拝時間:9am〜3:30pm
拝観料: 無料 (当日のみ)
  

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2018年01月10日(水)

〜「京都の正月:10日ゑびす」の巻〜 ピロピの 新人ドライバー奮闘記!  SEE THE LIGHT! [観光情報]

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京都ゑびす神社の「十日戎」!

こちらを紹介します。

「十日戎」というのは、
1月9日〜1月11日にえびす系神社で行われる祭り。

商売繁盛の神様で七福神の一人、戎(恵比寿)様を奉るので
「えべっさん」とも呼ばれています。


祭りは全5日間、

8日・・・招福祭
9日・・・宵宮祭
10日・・・本祭
11日・・・残り福祭
12日・・・撤福祭

と続きます。

参拝者で賑わうのは9日〜11日の3日間。

神社自体はこじんまりとしていますが、
祇園四条の方から京都ゑびす神社に向かう道は出店がたくさん並んでいて、
第一鳥居前までくると神社に入るための列が出来ています。

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拝殿には、9日の宵宮の時に水産協会から奉納された
招福まぐろが置かれています。

奉納式の時に行くと、
参拝者はマグロに向けて硬貨を投げることができます。

硬貨がマグロに貼りつけばお金が付く!と言われているのですが、
10日の本祭に行くと網が張られていて
硬貨を投げることは出来ませんのであしからず。

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最終的に
参拝の最後に目指すのが・・・

吉兆笹授与所です。

福笹を頂いて、
ここに縁起物の大宝・福俵・福箕・福熊手・福鯛・宝船・宝来等などを
自分の好みで付けていきます^^

福笹は、京都ゑびす神社では東映女優の奉仕(10日の本祭のみ)で授与されます。
(11日の残り福では舞妓さんの奉仕で福笹と福餅が授与されます。)

福笹を頂いた後、次は福娘さんが並んでいる所に行って、縁起物を選びます。

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本殿を参拝した後に
横の戸を叩いてお参りすると願いが叶うそうで
参拝者はみな叩いて帰ります。

えべっさんの耳が悪いからとも言われているそうです。

今年は僕も叩いてきました!

「お客様が喜んでくださる観光案内ができますように。」



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